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日本クラウディアについて

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日本クラウディアの成り立ちについて

ジャスネット時代の吹戸。オフィスにて
ジャスネット時代の吹戸。オフィスにて

2008年9月15日いわゆるリーマンショックが発生しました。
システム開発技術者の派遣会社である株式会社ジャスネット(社員約100名)は、リーマンショック以前から不景気に悩みつつありましたが、リーマンショック後、特に2009年が始まったころから売上への影響が大きく出始めました。ひとりまたひとりと、派遣先から契約終了を言い渡され、当時、営業の部長職だった吹戸は、次の派遣先探しに奔走する毎日でした。

ジャスネットは、以前から、韓国とつながりの強い会社で、韓国の企業から製品を日本で販売してほしいと何度か声をかけてもらうことがありましたが、2009年の夏、当時の社長が出会った製品は「不正クリック対策」という他に無い機能を持った製品でした。

リーマンショックで売上が大きく減少した現実を見ながら、今度は同じことを繰り返さない、景気に左右されない売上を確立すべく全社を上げて日本での販売に向けた開発に着手、約6か月の開発期間を経て、2010年4月に販売を開始しました。


ジャスネット、ログ社の契約締結のひとコマ
ジャスネット、ログ社の契約締結のひとコマ

元々がシステム開発技術者の派遣会社だったため、日本向けにシステムを改修し、機能を追加することは得意分野でしたが、販売の方は素人同然で、サイト作りやお客様への案内の仕方など、全てゼロからのスタートとなりました。

営業に客先を回っても、「アクセス解析ツール? 既に使っているから要らないよ。」と、当時既に大きなユーザー数を持っていたGoogle Analyticsを始めとする無料ツール、有料の各ツールのユーザーがほとんどで、X-logの説明を聞いてもらうことすら困難な状況です。

社長を筆頭としたチーム幹部で毎朝出社前に会社近くのコーヒーショップでアイデアを出し合うなど、販売方法の改善やX-logの機能改善を繰り返し、販売開始から何か月かが過ぎたころ、やっと1社目のユーザーを獲得することができました。

そして、それ以降も見よう見まねの試行錯誤を繰り返しながら「日本で唯一の不正クリック対策ツールX-log」は徐々にユーザーを獲得し、右肩上がりの成長を始めることとなります。


展示会への出展等、認知を徐々に広めてきた
展示会への出展等、認知を徐々に広めてきた

しかし、ユーザーが数十社になった翌年、親会社である株式会社日本テクシード(当時ジャスダック上場、社員数約1200名)は、子会社4社を全て統合または売却する事となり、ジャスネットは、同じく技術者派遣を生業としている日本テクシードに吸収されることが決定。2011年7月よりX-log事業はチームメンバーと共に親会社に移り、開発と販売を継続する事となります。

以前は主力の事業として育っていたX-log事業は、10倍以上の規模を持つ親会社から見ると小さな事業となってしまい、予算配分が少なくなり、また親会社にとっても初めてのソリューション販売であったため、様々な稟議に時間がかかるなど、販促活動やユーザー獲得が思うように進まなくなりました。それに伴いユーザー数の増加も止まり、ほぼ横ばいとなってしまいます。

「不正クリックの対策」という日本で唯一の機能を持ったツールを、どうしたらもっと全国に広まるか、その現状を改善する方法も思いつかない日々が続いた頃の2011年12月、毎年行う人事考課の面談にて、事業全体の話になり、担当役員より「X-log事業を(ソリューション販売が上手な会社に)売却した方がいいかもしれないね。」と話がありました。

吹戸は「では、私が買います!」とその場で即答、一旦は話が無くなりそうになりながらも、日本テクシード役員会との調整、日本テクシードの親会社であるテンプスタッフホールディングスとの調整、開発元の韓国企業との調整、そして、X-logを一緒にやっているチームメンバーとの調整を一つ一つクリアし、2012年5月X-logの開発と販売を主とする株式会社日本クラウディアを立ち上げ、7月、事業譲渡により事業を開始しました。

日本クラウディアの社名は、
「日本」を代表するような「インターネット=クラウド」事業を展開しよう!
という思いから「日本クラウド屋」を転じ「日本クラウディア」と名付けています。

本社は、桜で有名な北の丸公園・千鳥が淵と靖国神社に面した環境の良いロケーションですが、入居当時で築83年、第二次世界大戦も経験しているとても古いビルです。1980年代には日本立ち上げ当初のアップルコンピュータ(当時アップルジャパン)も入居しており、今は亡きスティーブ・ジョブスも立ち寄ったのではないかと想像しています。